今回の写真集では弁造さんの小さな丸太小屋の窓が幾度となく登場する。
窓といってもそれは、透明度を失ったビニールが貼られた窓で、ぼんやりと外の色彩を映すしかできない。
それでも移り変わる季節の色彩がそこに映る様子はとても美しく、弁造さんの丸太小屋の象徴とも言える場所だ。
今、この窓のことを思い起こすと、弁造さんにとってこの窓は、文字通り世界を見るものではなかったかと感じている。
この窓を通じて、弁造さんは時代を感じ、育んできた庭の成長を感じ、自分の精神と世界を通じ合わせてきたのではなかろうかと。
その一方で、弁造さん自身の精神を覗き込む窓は何だったのだろうか?
外なる世界と内なる世界。人は誰しもその間に立ち、生きている。そう考えたとき、弁造さんにとっての内なる窓は、やはり絵ではなかろうか。湧き上がるイメージを紙やキャンバスに落とし込む。そのとき、弁造さんは絵を窓として自分の内なる声を聞いていたはずだ。
いろんなことに気づくのは弁造さんがいなくなってしまってからが多い。