79歳のポートレート#写真集制作

弁造さんとは78歳のときに出会い、92歳で逝くまで、数え切れないほどのポートレートを撮らせてもらった。そのなかでたった1回だけ、バックを持ち込んで撮影したことがある。そのときの僕はバックを作ることに凝っていた時期で、弁造さん用に探したワインレッドの布のバックドロップを持ち込んで撮影した。

ライティングはタングステン1灯のシンプルなものだった。タングステンを使ったのもその頃のこだわりで、芯がありながらも脚が長いタングステンの光の質感がストロボ光よりも好きでよく使っていた。弁造さんは僕のいわばテストシューティングのような撮影にも機嫌よく付き合ってくれ、カメラの前に立ってくれた。

結局、こうしたセッティングをしての撮影はこれっきりで、それ以降は弁造さんの世界を背景にしたポートレートを撮り続けた。

今、このポートレートを改めて眺めてみると眼の強さが印象的だ。当時の僕は、まだ弁造さんの多くを知らないときだ。

弁造さんの強い視線を受けた当時の僕は何を考えていたのだろう。カメラの操作やライティングのセッティングに夢中だったからか僕の記憶に、このとき何を感じたのか定かではない。

写真の中の弁造さんがカメラの先にいる僕に何を思っているのか、よく考える。

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