完成にむけて展示のお知らせ#BENZO ESQUISSES 1920-2012

弁造さんが遺したエスキースを撮影の対象とした『Benzo Esquisses 1920-2012』は編集が終了し、制作の最終段階である印刷工程を迎えた。僕は、写真集の制作というのは、写真を撮ることと一本の糸につながる表現行為だと考えている。つまり個展などで作品を発表する表現行為と並列とするものだ。こう考えたとき、写真集を作るうえで大事なことは、現在の僕自身の表現をどこまで一冊の本に反映させるかにかかっていると思う。それはつまり細部にまで目を届かせ、緻密に作り上げていくことの積み重ねだ。

一冊の写真集を制作しようとしたとき、撮影終了後の暗室でのプリントの制作以降に生まれる作業は実に多岐に渡る。編集が制作の背骨をなすものだとしても、本文のレイアウト、表紙まわりの装丁、紙選びなどといった作業が脇役と片付けられるものではない。無数のアイデアや選択肢のなかから「表現すべきこと」に沿って決断し、それをひとうひとつ積み上げて一冊の本ができあがる。もちろん、「写真」に関わる部分以外の作業を誰かに依頼することもできる。その誰かが優れた能力を持っていれば、結果は素晴らしいことになるだろう。しかし、僕はできるだけ自分の手を動かしたいと願ってきた。それは先に書いた作家として「現在の自分」というものを軸にした作品を作っていきたいという思いが強いからだ。

つまり、それは「今の僕はここまで表現できる」ということであり、また逆の言い方をすれば、「今の僕はここまでしかできない」ということになる。作家にとって作品を発表するという行為は、こうした「今の自分」を高い純度を保ったまま提示することだと僕は思う。そういう意味では、今回の『Benzo Esquisses 1920-2012』は、まさに今の僕そものものだ。カメラのレンズの向こうにあった弁造さんのエスキースはどこまで行っても弁造さんの創作物だ。僕は一切関わりない。しかし、その弁造さんの創作物に僕は今の自分を映し出そうという営みを続けてきた。結果、上手くいってないことを自覚することもあったが、今の僕ができることをやって一冊の本に仕上げようと思ってきた。この「今の僕のできること」の純度を保つためには、制作にかかわるすべての作業を僕自身の手で行う必要があった。だから、もし、この写真集に足りないことがあれば、すべて僕の足りなかった部分だと言える。今の僕はそれを真摯に受け止める資格を得たと思い、とても満足だ。

でも、本当の満足でいうと写真集のタイトルと作家名を見るだけで十分だ。『Benzo Esquisses 1920-2012』というタイトルには当然、作家名が記される。そこには「BENZO INOUE / ATSUHI OKUYAMA」と弁造さんと僕の、ふたりの名前が並んでいる。もちろん、弁造さんに了解を取ることは今では叶わない。ただ、いつだったか弁造さんと、弁造さんの絵と僕の写真で、展覧会を開こうと話したことがある。それは出会って数年後のことで、それから弁造さんは自分の絵の世界を完成させることに注力するようになり、展示するという行為には興味を示さなくなった。つまり、忘れ去られた会話だった。でも、僕の頭の片隅には弁造さんとそういう機会がいつかあればいいなという思いが居座っていた。こんな過ぎ去った遠い夢のような話をいまさら実現できたとは思うことはできないと承知している。でも、僕と弁造さんの名が並ぶ写真集の表紙を見ると、弁造さんという存在を抱えながら、ずっと長い旅を続けてこれたんだなと温かな感情が生まれてくる自らの胸の内を感じてしまう。

そして、海の向こうで染められたという黄色い紙が巻かれた厚い表紙をめくると、もうそこは弁造さんの世界だ。弁造さんが握る絵筆で描かれた女性たちは、弁造さんが遺した庭の中で永遠の時を過ごし、弁造さんというひとりの人がこの世に存在したという記憶を歌うように語り継いでくれている。

弁造さんに生きることを返すことが、今回のようなかたちでエスキースを撮り始めたきっかけだった。撮り終え、一冊の本にしようとする今、それが成功したかと言われると疑問しかない。でも、この写真集は僕が弁造さんのことをこれからも考えていくうえではなくてはならない一冊だと感じている。

そして、本の完成が見えた今、それを見てもらう場も決まった。

場所は、僕の作品づくりを長年応援いただいている東京荻窪の本屋Titleさんだ。西陽がよく射し込むTitleさんの2階ギャラリーでは、弁造さんの女性たちはその身体にまとう穏やかな光と影をより美しく見せてくれるだろうと確信している。会期は、2023年8月5日から23日。弁造さんのエスキースがどのような出会いのときをつくってくれるのか、今の僕はとても楽しみにしている。

 

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