「弁造さんのエスキース展」6月7日から始まります。

辻山良雄さんが営む荻窪の本屋Titleにて、『庭とエスキース』(みすず書房)の出版を記念して「弁造さんのエスキース展」を開催させていただくことになりました。

こちらの展示は文字通り、僕の写真ではなく、弁造さんが書き遺したエスキース作品をご覧いただくものです。

弁造さんが書き遺したエスキースは僕にとってとても大切なものです。ただ、それは純粋に弁造さんが描いた貴重な絵だからということではなかったと、今思い返しています。弁造さんが遺したエスキースは、僕が弁造さんのことを考えるうえ、知るうえでの道標のようなものだったからです。

弁造さんが2012年に逝って以来、エスキースは僕の知らない、あるいは想像できなかった弁造さんを僕に向かって静かに語り続けてくれたと思います。僕はそれを受け取りながら、弁造さんについて、そして”生きること”について考え続けてきました。

しかし、昨年一年かけて弁造さんとの日々を綴り、それを『庭とエスキース』として完成させた今、エスキースは僕の手の中から出て、新しい世界で生きる場所があるのではないかと思うようになりました。新しい場所でエスキースたちが過ごした時間や経験は、僕の中にある弁造さんとの日々をさらに豊かなものへと変えてくれるのではないか、そんな思いも直感のような感じでやってきたのでした。

正直、これまで弁造さんのエスキースばかりの展示をすることを考えたこともなかったのように思いましたが、それはとても自然な思いとして胸から湧いてきました。「弁造さんのエスキース展」をやろう。弁造さんが描いたエスキースを見てもらい、弁造さんの絵に対する情熱や”生きること”に思いを馳せていただく時間と場所を作ろう、そう決心したのでした。

この僕の勝手な思いに共感して素敵な場所をご提供いただくことになったのが辻山良雄さんが営む荻窪の本屋Titleさんでした。

期間は6月7日から25日までで、6日にはオープニングトークも行います。ただ、このオープニングトークは発表後数日で定員に達してしまいました。本好きのみなさんのTitleさんへの注目度の高さにさすがだなあと思うとともに本当にありがたい思いでいっぱいです。

というわけで、定員オーバーで参加するのを断念したと言う声にお応えすべく追加公演!?を企画いたしました。6月25日、今度は辻山さんにお相手になっていただき、弁造さんのエスキースや庭のこと、一緒に過ごした時間にお話させていただくという内容になります。

こちらも辻山さんの人気で早々に定員に達すると思われます。ご興味をお持ちいただいた方は早めのチェックをお願いいただけますと幸いです。

 

    いつまでも完成しない絵を描き続ける。僕が弁造さんを見つめたのは、1998 年から

2012 年までの14 年間でしたが、弁造さんという人はいつもそうでした。ひと部屋し

かない小さな丸太小屋のなかでイーゼルに向き合い、女性をモチーフにした“エスキー

ス” ばかりを描き続けました。南国を思わせる木陰で横たわる裸の女性。自慢の髪を

かきあげる女性。何気ないひとときを過ごす母と娘。北海道で畑と森からなる「庭」

を作って自給自足の生活を続け、生涯を独身で過ごした弁造さんがなぜこのような縁

もゆかりもない女性たちを描き続けたのか。それは僕にとって、“弁造さん” を知るう

えで欠かすことができない問いかけでした。

 しかし、弁造さんは女性たちを描く理由を語らぬまま、92 歳の春にプイと逝ってし

まいました。でも、だからなのでしょう。弁造さんが逝ってしまって7 年の月日が流れ

た今日であっても、僕は新たな想像を抱くことを許されます。鮮やかな向日葵色をま

とった女性たちのおしゃべりに耳を傾け、弁造さんの胸の内を思い描き、そのたびに

新たな弁造さんから“生きること” の奥深さを見つけるのです。

 弁造さんがいなくなってしまった丸太小屋にはたくさんのエスキースが遺されてい

ました。その一枚一枚に描かれた筆跡を辿りながら、弁造さんの“生きること” から

放たれている光の綾を一緒に感じていただけますように。

弁造さんのエスキース展を前にして 奥山淳志

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