伝えること#写真集制作

「人は結局、何かを伝えるために生きていると思う」と、ある人は繰り返し言った。

「伝えることが全て無くなれば、自然に死ぬんじゃないか」とも。

その人の言葉がすべての人に当てはまるかどうかわからにけれど、伝えることは人にとって欠かかすことができない部分だろうとは思う。

弁造さんも伝えようとする人だった。

そもそも自給自足農園は、高度経済成長で変わっていく日本の暮らしがいつか煮詰まって立ち行かなくなったときに、新しい生活を作る知恵として残しておきたいと作りはじめたものだった。

目の前にいる誰かではなく、いつかそれを必要とする誰かに対して、何十年にも渡って、綿密に計画し、工夫を繰り返しながら作られてきた弁造さんの農園は、生きるための糧を生むためだけに止まらず、喜びや豊かさも生むものでもあった。弁造さんが伝えようとしたのは、暮らしをいかに豊かに作るかという方法論であったと思う。

僕は弁造さんに会うたびに、弁造さんが行ってきた農園づくりについて本を一冊かけるほど聞いた。しかし、僕は自分で農園を作ることも作る予定もない。僕に農園のすべてを伝えようとした弁造さんを思うたび、そのことが申し訳ないような気分になるけれど、僕が伝えたいことは、弁造さんの農園ではなく、弁造さんの人生であり、生きることの質感だ。

僕がもし弁造さんから伝え習ったものがあるとしたら、弁造さんを撮り続けた写真を目の前にいる誰かではなく、それをいつか必要してくれる会ったこともない誰かに届けたいと写真を編んでいることだ。

弁造さんがあの美しい庭を見知らぬ誰かのために作り続けたように、弁造さんの写真集も、それを必要とする誰かの手に届くとしたらそれほど幸せなことはと思う。

 

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