弁造さんを撮ろうと思ったとき、写真で「生きること」に近づきたいと思った。
しかし、今振り返ってみると20代半ばの僕には、そのディティールを理解していなかったと痛切に思う。
当時の僕にとって「生きること」を貫くのは思想や哲学だと思っていた。これらは今もとても重要だと思うけれど、一方では生きることの中心にあるのは決して、こういうものだけではないとも感じる。
たとえば、弁造さんの最晩年をみていて感じたのは、90歳を越えようとする弁造さんを貫いていたのは「老い」だった。
極まっていく「老い」は弁造さんの肉体はもちろん精神にも大きく影響していた。弁造さんを包む老いという時間と作用は、僕にとって”人生の質感”とも呼べるものだったと思う。
もし誰かに、かつての僕が撮りたいと思った「生きること」とは何であったかと問われたとしたら、今の僕は「生きていくことの質感」と答えるのではないかと思う。そして弁造さんの人生の質感の再現が今回の写真集のテーマでもある。
奥山様
写真集の制作が進んでいらっしゃることがとてもうれしいです。
拝見するチャンスが私にも来るように!
二見さつき様
コメント、ありがとうございます!私家版限定300部と発行部数は少ないのですがご覧いただけますと幸いです。今後ともどうぞよろしくお願いいたします!